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大阪地方裁判所 昭和39年(ワ)2798号 判決 1966年3月28日

原告 斉藤多慶子

右補佐人 斉藤広

被告 宮崎定一

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、申立

(一)、原告の求める裁判

被告は原告に対し、金一七九、〇八五円およびこれに対する昭和二九年六月一〇日以降完済まで年五分の割合による金員の支払いをせよ、訴訟費用は被告の負担とする、との判決。

(二)、被告の求める裁判

主文同旨の判決。

第二、主張

(一)、(請求原因)

一、被告は、訴外長倉政雄に対する大阪法務局所属公証人汐見甚作作成第一〇、一六九号不動産譲渡担保金銭貸借契約公正証書にもとづいて、昭和二六年五月二日大阪地方裁判所に対し、別紙目録記載の建物(以下、本件建物と略称する)につき強制競売の申立をなし、同地方裁判所は同月四日強制競売開始決定をなしたが、原告はその競売期日において最高価競買人となり、同二九年六月一二日、原告に対し本件建物の競落を許可する旨の競落許可決定を受けるとともに、同二九年六月一〇日および同三〇年一月二八日の二回にわたり、競落代金一六万円を完納し、同年四月二五日競落による所有権移転登記を経由した。

二、しかるに本件建物は、右競売申立当時からすでに存在していなかったため、競落人である原告はその所有権を取得することができないこととなったが、被告は右建物がすでに存在しないことを知りながら本件強制競売の申立をしたものであるから、民法五六八条三項により、過失者たる被告は競落人たる原告に対し、原告の被った損害の賠償をなすべき義務がある。

かりに本件競売申立当時被告が本件建物の不存在を知らなかったとしても、競売手続の進行中に債務者である長倉の申出もあったのであるから、その中途においてはその事実を知り、または少くともそれを知りえたはずであるから、右同様の義務を負担しなければならない。

三、しかして、原告がこれによって被った損害の額は、右競落代金一六万円と本件建物の引渡命令の執行に要した費用一九、〇八五円の合計額一七九、〇八五円である。

四、よって被告は原告に対し、右損害の賠償として金一七九、〇八五円およびこれに対する昭和二九年六月一〇日以降完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求めるため本訴におよんだ。

(二)、(答弁)

一、原告主張の請求原因第一項の事実は認める。

二、しかしながら、本件建物が競売申立当時から存在していなかったとの事実は争う。かりに存在していなかったとしても、被告はその事実を知らないで競売の申立をしたものである。また、被告が右競売手続の中途においてその事実を知ったようなこともない。

第三、証拠≪省略≫

理由

一、原告主張の請求原因第一項の事実については、当事者間に争いのないところ、原告の本訴請求は、本件建物は競売申立当時からすでに存在していなかったものであり、しかも被告はその事実を知りながら右競売の申立に及んだものであることを理由に、民法五六八条三項にもとづいて競売申立債権者たる被告に対し損害の賠償を請求するものである。しかしながら、民法五六八条三項にもとづく損害賠償の請求をなしうるのは、同条同項にいう「前二項ノ場合」、つまり同条一項にいわゆる前七条の場合にほかならない。これを詳言すれば、右の損害賠償をなしうるのは、(1)、競売の目的たる権利の全部または一部が債務者以外の第三者に属している場合(五六一条ないし五六四条)、(2)、目的物の数量の不足または一部滅失の場合(五六五条)および(3)、目的物が地上権・永小作権等の用益的権利によって制限されている場合(五六六条。なお、五六七条の場合はこれに含まれないと解する。)に限られるのであって(民法五六八条三項にいわゆる「物又ハ権利ノ欠缺」とは、右の各場合を指すものである。)、原告主張のごとく競売の目的物件が当初から全く存在していなかったようなときには、競落の結果債務者と競落人との間に生ずる法律関係たる私法上の売買は、いわゆる原始的不能を目的とする売買として無効のものであり、したがって、民法五六八条にもとづく担保責任を生ずる余地はないといわなければならない。そうだとすると、原告において右売買の無効を主張し、被告の受領した配当金について不当利得の返還を請求しているのであれば格別、そのような請求をなすことなく、前記のように民法五六八条三項にもとづいて、損害の賠償を請求する限りは、その請求は主張自体において理由がないといわざるをえない。

二、のみならず、かりに一歩を譲って民法五六八条三項による損害賠償の請求をなしうるとしても、被告が本件建物が存在しないことを知りながら本件競売の申立をしたとの点についてこれを認めるに十分な証拠がないから、結局、この点からも原告の本訴請求は理由がないといわなければならない。その詳細は以下のとおりである。

≪証拠省略≫を総合すると、本件建物は、昭和二四年頃訴外長倉政雄において建築して所有していたものであるが、昭和二五年九月のジェーン台風のために屋根がところどころ飛び、柱も傾いたので、これを新しく建て直すこととしたこと、そこで長倉は、訴外中森金次郎に依頼して同月末頃から旧建物をとりこわさせ、以前の基礎工事も全部取り去って新に土台を作らせ、同年一一月頃から訴外山根勇吾をして新たな建物の建築にあたらせた結果、翌二六年四月頃木造瓦葺二階建居宅一棟建坪および二階坪とも二五坪九合三勺の建物が完成するにいたったことがそれぞれ認められ、≪証拠判断省略≫。すると、本件建物は、原告主張のとおり本件競売申立当時すでに存在していなかったものといわなければならない。

しかしながら、≪証拠省略≫によると、被告が、右競売申立当時、本件建物の跡に新築された右新建物の構造、坪数等が公簿上の本件建物の表示と異っていることを認識していたことは明らかであるけれども、前記認定のごとく本件建物をとりこわしてその跡に新建物を新築した結果、公簿上の記載と建物の現況との間にそごを生ずるにいたったものであるとの点についてまで被告がこれを認識していたことを認定するに足りる証拠はなく、むしろ、≪証拠省略≫によれば、被告としては、本件建物について増改築が施された結果これが前記のような構造、坪数を有する建物となったものであって、その階下部分が本件建物に該当するとともに、その部分のみについて区分所有権が成立し、競売の実施が可能であるものと考えて本件競売の申立に及んだものであることが窺われるのである。そうだとすると、被告が、本件建物が存在しないことを知りながら競売の申立をなしたものとすることはできないといわなければならない。

三、以上のとおりであるから、原告の本訴請求は失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石崎甚八 裁判官 藤原弘道 福井厚士)

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